萩・長門の観光

毛利家の城下町として栄えた萩市には、今も江戸時代の面影が色濃く残されています。明治維新に大きな貢献を果たした偉人たちを輩出し、松下村塾や吉田松陰歴史館、伊藤博文旧宅など見どころがたくさんあります。また、長門市には元乃隅神社や青海島の「海上アルプス」など、絶景スポットも人気を集めています。

松下村塾

「松下村塾」は松陰神社の境内にあります。江戸時代の厳しい身分制度にありながら、武士や町民など身分の隔てなく教育していました。吉田松陰は1857年(安政4年)から2年半、松下村塾で生徒たちを教え、後に明治維新で活躍する高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文など多くの逸材を世に送り出しています。1922年(大正11年)国の史跡に指定され、2015年には世界遺産に登録されています。

所在地 〒758-0011 山口県萩市椿東1537
営業時間 通年見学自由(外観のみ)
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 松下村塾はJR東萩駅の南東へ約1.3キロの松陰神社にあり、「萩循環まぁーるバス」の東回りコース(松陰先生)を利用すると便利です。東萩駅前から乗車して「松陰神社前」で下車。所要時間は約13分、料金は100円となります。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バスは一方通行なので、往路は早く到着しますが、復路は遠回りになるので徒歩のほうが早いと思います。バス停「松陰神社前」から松陰神社を背にして進むと松本川となりますので、橋を渡らず右折して萩橋の手前、右側が東萩駅となります。バス停「松陰神社前」から東萩駅まで徒歩約20分ほどです。路線図、時刻表の詳細は萩循環まぁーるバスの公式サイトでご確認ください。
コメント かつて激動の幕末から近代国家の礎を築いた志士がここで吉田松陰の教えを受けていたんですね。今は多くの塾生を代表して12人の肖像写真が掲げられています。久坂玄瑞、高杉晋作、前原一誠、木戸孝允、山田顕義、品川弥二郎、野村靖、山県有朋、伊藤博文、境二郎、飯田吉次郎、河北義次郎、そして松陰先生。松下村塾の講義室は8畳しかありません。でもこれだけ多くの塾生、門下生が日本を動かし、また世界へ羽ばたいたというなら、この8畳は世界に匹敵する計り知れない広さということになりますねえ。

吉田松陰歴史館

「吉田松陰歴史館」では壮絶な吉田松陰の生涯が紹介されています。70体あまりの等身大の蝋人形や背後の情景も精巧で、臨場感に溢れています。アメリカ海軍の船で密航を企む場面や唐丸駕籠に押し込められたまま門下生と惜別する場面、伝馬町牢屋敷で刑場へと向かう場面などが再現されています。まるで歴史的瞬間に立ち会ってるような迫力で、必見です!

所在地 〒758-0011 山口県萩市椿東1537
営業時間 午前9時から午後5時
定休日 年中無休
料金 大人・大学生500円、高・中生250円、小学生100円
ロケーション 吉田松陰歴史館はJR東萩駅の南東へ約1.3キロの松陰神社にあり、「萩循環まぁーるバス」の東回りコース(松陰先生)を利用すると便利です。東萩駅前から乗車して「松陰神社前」で下車。所要時間は約13分、料金は100円となります。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バスは一方通行なので、往路は早く到着しますが、復路は遠くなりますので徒歩のほうが早いと思います。バス停「松陰神社前」から松陰神社を背にして進むと松本川となりますので、橋を渡らず右折すると萩橋の手前、右側が東萩駅となります。バス停「松陰神社前」から東萩駅まで徒歩約20分ほどです。路線図、時刻表の詳細は萩循環まぁーるバスの公式サイトでご確認ください
コメント 
蝋人形館といえば?ロンドンの「マダム・タッソー館」があまりにも有名ですね。蝋人形の対象は歴史上の人物や政治家、王室皇室成員、スポーツ選手、エンターテイナーなど多岐にわたり、しかもその精緻さは驚嘆に値します。ロンドンと言えば「シャーロック・ホームズ博物館」の蠟人形、これもまた驚きです。「赤毛連盟」に出てくる質屋ウィルソンがブリタニカ国際大百科事典を開いて見学者に何やら説明しておりました。「なるほどねー」と頷いてる見学者。そこで好奇心に駆られて行ってみて、唖然。てっきり衣装を着たスタッフかと思ってたら、なんとまあウィルソンは蠟人形じゃないですか!紛らわしいったらありゃしません、もう少しで蝋人形に話しかけるところでした(笑)タッソー夫人の蠟人形も然る事乍ら、ホームズ博物館のも全く引けを取りませんでした。でも「吉田松陰歴史館」だって捨てたものじゃありませんよ!一人の偉人に焦点を絞ったこれだけの蝋人形館は世界に類を見ません。再現された20場面によって吉田松陰の生涯を追体験できるのですから。ただ、最期の場面だけは遠慮したいですね。伝馬町牢屋敷で刑場の露に消えた吉田松陰。首切り役人の山田浅右衛門が回顧するに、曰く「いよいよ首を切る刹那、松陰の態度は実にあっぱれなものであった」一糸乱れず堂々と端座する吉田松陰は、御苦労様と挨拶したとも言います。その瞬間は「吉田松陰歴史館」でありありと見ることができます!

萩・明倫学舎

明治維新から150周年を記念して、2018年「萩・明倫学舎」はオープンしました。2014年まで授業が行われていた旧明倫小学校の木造校舎を改修し、萩の歴史や文化、自然などが紹介されています。2号館の「幕末ミュージアム」と「世界遺産ビジターセンター」に展示されている膨大な資料は必見です!また、萩明倫レストラン・カフェ「萩暦」では、ここでしか味わえない萩ならではの旬の味を楽しむことができます。

所在地 〒758-0041 山口県萩市江向602
営業時間 午前9時から午後5時
定休日 2月第1火曜日・水曜日
料金 本館無料/2号館 大人300円、高校生200円、小・中学生100円
ロケーション 「萩・明倫学舎」は萩中央公園の隣にあり、「山県有朋銅像」や「山口県立萩美術館・浦上記念館」も徒歩数分となります。JR東萩駅からの距離は約2キロで、徒歩約30分となります。「萩循環まぁーるバス」の東回りコース(松陰先生)を利用する場合は、東萩駅前から乗車して「萩・明倫センター」で下車すると便利です。所要時間は約30分、料金は100円。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バス停から「萩・明倫学舎」へは国道191号を渡って徒歩2分ほどです。
コメント 
「萩・明倫学舎」には松陰先生の白熱教室!という、ちょっとした体験ゾーンがあります。木槌で板を叩くと、松陰先生と高杉晋作ら門下生との授業が再現されます!松下村塾へはこの映像を見てから行くのも良いでしょう。さすれば、講義室での様子を鮮明に?思い浮かべられるかもしれませんよ。また、「萩・明倫学舎」から20分ほど歩いた堀内地区には「旧明倫館跡」があるので、併せて行ってみるのもいいと思います。前もってネタバレをしておきますが、跡地には石柱と案内板しかありません(笑)でも、享保4年に創建された明倫館の本家本元はこちら。吉田松陰がわずか9歳で兵学師範に就任した頃の明倫館ですね。

堀内鍵曲

堀内地区にある「鍵曲」は「追廻し筋」とも呼ばれ、江戸時代かと錯覚させるような不思議な観光名所となっています。左右を土塀で囲まれた道が直角に曲がってるため、あたかも行き止まりのように見えます。その巧妙さで攻め込んできた敵軍を迷わせたり、また追い詰めたりして撃退していました。1976年(昭和51年)堀内地区は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

所在地 〒758-0074 山口県萩市堀内(口羽家住宅近く)
営業時間 見学自由
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 堀内地区の「鍵曲」は萩市の城下町エリアにあります。市内の外れにあるため、城下町を散策した後や萩・明倫館の見学後などに合わせて行くのがいいと思います。「萩市役所」あるいは「萩バスセンター」から「萩循環まぁーるバス」の西回りコース(晋作くん)を利用して「ミドリヤファーム入口」で下車。所要時間は「萩市役所」から17分、「萩バスセンター」からは9分。料金は100円となります。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バス停から「鍵曲」まで徒歩5分ほどです。
コメント 道が鍵の手に曲がってることから「鍵曲」と呼ばれています。漢字は情景そのまんまを表してて、とても分かりやすいですね。でも、表読み方となるとこれまた難読。「鍵曲」と書いて「かいまがり」と読むのですから、なかなか日本語は一筋縄ではいきません(笑)萩の城下町を歩くと、どこもかしこも白い壁が続いています。ぼんやりさんなので、いつしか迷子になってしまいました。まるでラスベガスの巨大ホテルみたいです。エレベーターを出て廊下に出ると、壁は同じ色調に統一されており、ひたすら廊下が延々と伸びてるうえに同じ扉がズラッと並んでるんですから部屋を探すのも一苦労でした。もし、曲がらなければならない角を通り過ぎたりすると目印もないので、もうどこにいるのやらサッパリです(笑)萩の城下町もそんな塩梅です。老婦人に道を聞きながらして、ついに来ました。噂の鍵曲!何も知らず通りかかっただけなら、ただの袋小路としか見えません!目の錯覚を利用した巧妙さは圧巻です。耳を澄ませば聞こえてきそじゃないですか。「きゃつらを逃がすな!」おいっ、その先を右に曲がりおったぞ。「待ち伏せしておるやもしれん、用心しろ!」先ずは拙者が様子を探って参りましょう。抜き足差し足で曲がり角まで進み、そおーっと道を覗き込むと?道の先は行き止まり「はて???敵は何処ぞに消えた・・・」ポカンとする刺客の困惑顔が思い浮かぶようです(笑)仮にたまたま、鍵曲で時代劇の撮影に遭遇したら、一瞬、江戸時代へ迷い込んだような錯覚を覚えることでしょう。鍵曲を訪れたなら、いろんな局面を想像しながら歩くのも良さそうですよ。

吉田松陰誕生地

天保元年(1830年)吉田松陰は萩市を一望できる高台「団子岩」で生まれ、19歳までここに住んでいました。現在は敷石で当時の間取りが再現されています。3畳の玄関と6畳2間、3畳2間と台所、別棟の納屋と厩という簡素な家だったようです。また、誕生地からは吉田松陰と妻の文も見ていたであろう指月山などを一望できます。また、すぐそばには下田海岸でペリー艦隊を望見する吉田松陰と金子重之助の銅像もあります。

所在地 〒758-0011 山口県萩市大字椿東1433−1
営業時間 24時間
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 吉田松陰誕生地はJR東萩駅の南東へ約2キロとなり、「萩循環まぁーるバス」の東回りコース(松陰先生)を利用すると便利です。東萩駅前から乗車して「松陰誕生地前」で下車。所要時間は約16分、料金は100円となります。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バスは一方通行なので、往路は早く到着しますが、復路は遠くなりますので徒歩のほうが早いと思います。吉田松陰誕生地から東萩駅まで徒歩約30分となります。また、松陰神社からも徒歩圏内で徒歩約10分ほどです。バスの路線図、時刻表の詳細は萩循環まぁーるバスの公式サイトでご確認ください。
コメント 
吉田松陰は天保元年(1830年)8月4日、杉百合之助と滝の間に次男坊として萩市に生まれました。父が貧乏侍だったため、時には「父上、僕もお手伝います」と兄と一緒に畑を耕したり草取りをして家計を助けていたといいます。その合間には父から学問を授けられ、19歳まで過ごしていました。では、松陰少年も立っていたと思われる高台に行ってみましょう。眼下には萩市が広がっています。「ここで吉田松陰が生まれたというのは、なんか将来を暗示してるみたいだ」全体を俯瞰することによって日本の将来をどう導いていくか?真剣な眼差しで思索する松陰少年が想像されてなりません。

玉木文之進旧宅

玉木文之進は天保13年(1842年)現在の「旧宅」で松下村塾を創設しました。甥である少年時代の吉田松陰をスパルタ教育で指導したことでも知られています。室内には玉木文之進の肖像画や家系図などの他、ゆかりの品は展示されていませんが、ボランティアのガイドさんによる丁寧な説明を聞くことができます。後に吉田松陰が継承する松下村塾の起源とあって、穴場スポットとなっています。

所在地 〒758-0011 山口県萩市椿東1584−1
営業時間 午前9時から午後5時
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 「玉木文之進旧宅」は松陰神社と吉田松陰誕生地の間にあり、どちらからも徒歩で約5分ほどの距離となります。「旧宅」は普通の民家のようにも見えますので、表に立っている石碑「松下村塾発祥の所」に注意しましょう。松陰神社の境内にある「松下村塾」「吉田松陰歴史館」などを見学した後に回るといい思います。
コメント 
とにかく玉木文之進は泣く子も黙る鬼教師だったようですね。今に伝えられる挿話に「蚊、追っ払い事件」があります(笑)「松下村塾発祥の所」のある日、兵学の講義中。では諸君、孫子曰く「敵を知り己を知らずば百戦殆うからず!そのほう、この兵法を何と心得るか?」ちょうどその時でした、松陰少年が顔の前で手をヒラヒラと振ってるじゃありませんか。すると激昂した文之進は「やいっ寅次郎、そちはわしをおちょくっとるか!?」と松陰少年にげんこつを一発お見舞い、ポカッ!「叔父さん、そりゃないよ・・・」ちょっと蚊がうるさくて払っただけなのに。目から星が飛び出るような痛みをこらえながら訴えるも容赦ありません「だまらっしゃい、神聖なる学問の場で叔父さんとは不届きな!蚊の一匹や二匹に狼狽しおるとは、たわけ者がっ」集中力が足りんぞ、たるんどる。そこに直れ!この頃のことを吉田松陰は回顧して「死ななかったのが不思議なくらいだ・・・」もしかしたら、とことん叔父さんを研究し尽くしていたのかもしれません。それにしても1844年、14歳にしていきなり藩主の毛利慶親から「孫子を聞きたい、虚実篇を講ぜよ!」と命じられても淀みなく講義したというのですから頭が下がります(笑)

伊藤博文別邸

「別邸」は初代内閣総理大臣の伊藤博文が明治40年(1907年)東京府下荏原郡大井村に建てた大邸宅の一部を移築したものです。邸内には天皇陛下から下賜された灯篭や樹齢約1000年の吉野杉を使った大広間の鏡天井など、伊藤博文が住んでいた頃の面影が残されています。また、展示されている多数の写真から伊藤博文の生涯を知ることができます。

所在地 〒758-0011 山口県萩市椿東1511−1
営業時間 午前9時から午後5時
定休日 年中無休
料金 100円(小学生未満は無料)
ロケーション 伊藤博文別邸は松陰神社のすぐ近くにあり、徒歩で約5分ほどの距離となります。松陰神社の境内にある「松下村塾」「吉田松陰歴史館」などを見学した後に回るといい思います。
コメント 
明治40年に建てられた「別邸」は、今の東京都品川区にあったそうです。ということは?萩市に移築された玄関、大広間、離れ座敷は大正12年に発生した関東大震災でびくともしなかった!ということですね。おっー、これは何気に凄いことのような。因みに移築前の「別邸」からは富士山が見えたそうです。移築後の今は通称「富士見窓」から指月山を望むことができます!しかしながら見学に訪れたときは窓が閉まってたので見れませんでした、残念。ところで初代内閣総理大臣の伊藤博文。幕末から明治を生きた偉人なので遠い存在なのは致し方ありません。やはり伊藤博文は1000円紙幣としてのほうが親しみ深いですねー(笑)

山県有朋元帥騎馬像

萩中央公園に建つ「山県有朋元帥騎馬像」は1929年(昭和4年)彫刻家の北村西望によって制作されました。山県有朋は萩市川島に生まれ、吉田松陰の松下村塾に入門。明治維新後は内閣総理大臣や陸軍大将、法相などを歴任した明治の元勲です。かつては霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれていましたが、上野公園、井の頭公園と転々とした後、1992年(平成4年)故郷の萩市に移設されています。

所在地 〒758-0041 山口県萩市江向552−2
営業時間 24時間
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 「山県有朋元帥騎馬像」は萩中央公園にあり、山口県立萩美術館・浦上記念館の向かい側、「萩・明倫学舎」も徒歩数分となります。JR東萩駅からの距離は約2キロで、徒歩約30分となります。「萩循環まぁーるバス」の東回りコース(松陰先生)を利用する場合は、東萩駅前から乗車して「萩市役所」で下車すると便利です。所要時間は約30分、料金は100円。始発の午前7時から終発の午後6時まで、約30分間隔で運行されています。バス停から「山県有朋元帥騎馬像」までは徒歩5分ほどです。
コメント 
「日本陸軍の父」とも称される山県有朋は明治以降の首相経験者で、軍人として前線に立ったことのある唯一の人と言われています。「山県有朋元帥騎馬像」はその前線で陣頭指揮を執る姿なのか、兵士を閲兵してるのか、まあ颯爽としてますね。この「山県有朋元帥騎馬像」を制作したのは北村西望。最も有名なのは長崎の「平和祈念像」でしょう。また、銀座の数寄屋橋公園内(交番の裏)にある関東大震災十周年記念碑「燈臺」もあります。恥ずかしながら、これら3つが同じ彫刻家による作品とは全く知りませんでした(笑)

元乃隅神社

元乃隅神社は1955年(昭和30年)網本だった岡村斉さんの枕元に白狐が現れ「吾をこの地に鎮祭せよ!」とのお告げがあったことから建立されました。123基の鳥居が並ぶ壮麗な美しさは2015年、CNNによって「日本で最も美しい場所31」のひとつに選出されています。商売繁盛や大漁、海上安全、良縁、子宝などのご利益があるとされ、高さ約6mの大鳥居にある賽銭箱にお賽銭が入ると、願い事が叶うとも言われています。 

所在地 〒759-4712 山口県長門市油谷津黄498
拝観時間 午前5時30分から午後5時30分 ※夜間の立入・撮影禁止
定休日 2020年12月1日から当面の間、参拝中止
料金 無料
ロケーション 元乃隅神社は萩市から約42キロ東にあり、最寄りのJR長門古市駅からは約8キロとなります。長門古市駅からの交通手段はタクシーのみとなります。改札口を出ると右側に「古市タクシー有限会社」があり、所要時間は約20分で料金は片道、約2500円となります。徒歩でも行けないことはありませんが、あまりお勧めできません。長門古市駅から約1時間30分~2時間かかるうえ、平坦な道ではなく山を越えて行かなければなりません。道路は舗装されていますが途中にコンビニや休憩場所などはなく、かなりの覚悟が必要になると思います。また、元乃隅神社の前に第1駐車場(92台)があり、200mほど離れたところに第2駐車場(24台)があります。料金は1時間につき300円、1時間を超える毎に100円で最大500円となっています。なお、長門古市駅にはレンタカーやレンタサイクルはありません。
コメント とびっきりの観光名所でありながら交通に不便な「元乃隅神社」さて、どうやって行こうか?車のない旅行者にとっては、難易度が高いと専らの噂。いったい、どれほど難しいのでしょう(笑)東萩駅から長門市駅で乗り換え午前8時6分、長門古市駅に着きました。元乃隅神社へ行く方法としてタクシーか徒歩しかありません。二者択一です。タクシーを割り勘するのが常套手段らしいので、相乗りしてもらえそうな旅行者を探しました。ところが降りた人の様子を観察すると「んー、定期券で降りる人ばっかりや・・・」どうも、そうそう上手くはいかないらしい(笑)仕方なく駅前の「古市タクシー」へ行くと?予約の入ってるお客さんがあるそうで「戻ってくるのに1時間くらいかかるかもしれんねー」えっ、1時間もここで待つの?だって駅の周り、なんにもありませんよ。絶句。それでも恐らく十中八九、いや十人中みなさん待つんでしょうね。でも、そうなると人と違うことをしたくなる変わり者「試しに歩いてみる?」片道、約8キロ弱。ざっと計算して約2時間あまり!タクシーなら約15分。泣けてきます、トホホ。今からもう徒歩歩です。とぼとぼ歩いてると日向ぼっこされてる2人の老婦人がいらっしゃったので聞いてみました「ここからまだ時間かかりますかね?」すると、元乃隅神社へ行くんかね?「まーだまだよ、山の向こうじゃけーね、頑張って歩きんさい」まだまだですか、トホホ。この先はひたすら山歩きなので省略しましょう(笑)ひとつだけ簡単に言わせてください。人生、山あり谷ありとも言いますが、元乃隅神社への道も文字通り「山あり谷あり」です。車のない旅行者にとっては、難易度が高いという「元乃隅神社」実地検証の結果、所要時間は1時間30分ほどでした。戻りはもちろんタクシーです。軽い好奇心の衝動に駆られて歩きましたが、その疲れも絶景の「元乃隅神社」を見た瞬間、スーッと消えてしまいました(笑)

青海島観光汽船

「青海島観光汽船」は日本海に臨む青海島の「海上アルプス」を巡る遊覧船となっています。特に、今にも壁にぶつかりそうな狭い洞窟の中を遊覧船で通り抜けるという緊張感はスリル満点です!これはぜひとも体験していただきたいところです。「コウモリ洞」や「夫婦洞」といった洞窟や、奇岩の「十六羅漢」、また生物が描かれてるようにも見える不思議な「幕岩」など、見どころ満載です。迫りくる奇岩や洞窟を間近で見れることから、たくさんの人を魅了してやみません!

所在地 〒759-4106 山口県長門市仙崎字漁港南4297−2
営業時間 午前8時から午後5時(12月から3月末は午前9時~午後4時) ※運航状況によっては、営業時間が異なる事がございます。運行時間の詳細は青海島観光汽船の公式サイトでご確認ください。
定休日 年中無休 ※荒天の場合は、欠航する場合もあります。
料金 一週コース大人2,200円、小人1,100円/観音堂コース大人1,700円、小人850円/大島コース大人1,400円、小人700円/赤瀬コース大人1,300円、小人650円/花津浦・紫津浦コース大人1,300円、小人650円
ロケーション 青海島観光汽船の乗り場は萩市から約25キロ東にあります。JR東萩駅から長門市駅で乗り換え、仙崎駅で下車すると便利です。料金は510円となります。仙崎駅から青海島観光汽船の乗り場まで徒歩7分ほどです。
コメント 絶景と評判の「海上アルプス」を見れるという青海島の遊覧船。その日は少々、波が高いということで「一周コース」ではなく「観音洞コース」となっていました。もし日程にゆとりがあるようでしたら直接、青海島観光汽船に確認してみると良さそうですね。出発時間は午後1時30分、乗船券の発売は午後1時。出港した遊覧船「シータス号」は先ず本土と青海島を結ぶ青海大橋の下を通ります。さて、「観音洞コース」で見学できるのは?手を合わせた観音様のいらっしゃる「花津浦」から翼を広げてるような「コウモリ洞」を回り、続いては洞門の中に入れる「夫婦洞」があります。生物のような模様の「幕岩」から折り返し地点の「観音洞」となります。もし波が穏やかな日でしたら、夫婦洞と観音洞の中に入れるそうです。因みに「観音洞コース」では奇岩の「象の鼻」や「十六羅漢」「変装行列」などは見れません。なので、遊歩道から見ることにしました。いつかは「一周コース」にも乗ってみたいものですねー。あー、やっぱりスリル満点という洞門の中に入ってほしかった、今も未練タラタラです(笑)

青海島自然研究路(遊歩道)

「メモリアルロード」とも呼ばれる青海島自然研究路は「海上アルプス」を見ることができる遊歩道となっています。日本海の荒海に削られた海岸線には絶景が目白押しです。高松宮殿下が命名されたという展望台「碧濤台」からは「象の鼻」や「十六羅漢」「変装行列」などの奇岩、石柱を一望できます!また断崖から浜辺に降りて眺めるなら、その巨大さにも圧倒されるでしょう。日本百景に選定されいる青海島は「国の名勝」「天然記念物」に指定されています。

所在地 〒759-4106 山口県長門市仙崎紫津浦
営業時間 散策自由
定休日 年中無休
料金 無料
ロケーション 青海島自然研究路(遊歩道)は青海島の中ほどにあり、サンデン交通のバスを利用すると便利です。JR仙崎駅、あるいは海島観光汽船の乗り場に近い「センザキッチン」から「通」行きに乗車して「静ヶ浦」で下車。所要時間は約12分、料金は350円となります。バス停から遊歩道までは徒歩数分で行くことができます。「静ヶ浦」から仙崎駅を経由して長門市駅へ行く最終バスは午後7時15分となっていますので、注意が必要です。徒歩でも行けないことはありませんが、仙崎駅から山を越えて約1時間30分ほどかかります。
コメント 世の中、どこにどなたがいらっしゃるか分かりませんね(笑)青海島の遊歩道もその好例と言えるでしょう。青海島自然研究路から「海上アルプス」の絶景を満喫した後のことです、その人にお会いしたのは。駐車場の管理人さんをされてる、通称「ラッパの正ちゃん」何を隠そう、国土交通省中国運輸局から「中国地方・地域自慢・観光とっておきの人」に選ばれるという、知る人ぞ知る有名人。でも、大きな声では言えませんが、何しろ喋りだすともう止まりません。口から先に生まれた?ラッパの正ちゃんの独壇場(笑)帰り支度をされてる正ちゃん「あんた、どうやってここまで来たんね?」遊覧船のりばから1時間半歩いてきました、はい。午前中は1時間半歩いて元乃隅神社に行ってきたんですよね。それを聞いて唖然とする正ちゃん「俺はここで50年も管理人しとるけど、あんたみたいな人は聞いたこともないよ、やべえなー」俺も変な奴だけど、あんたも変わっとるねえー「やべえなー」その後は意気投合された?正ちゃん「俺、所ジョージの番組に出たことあるんよ!今、見せてあげるけんね」とビデオ鑑賞になるわ、アルバムを引っ張り出してこられるわ、たじたじ(笑)とどめは自慢の曲芸披露の始まりです「今日は特別あんただけに見せちゃるけえね」えっ、独占ですか?しかも無料で?どこまでも懐の広い正ちゃん。十八番は「後ろ向き自転車乗り」です!自転車に乗れない盆暗さんなので、それはもう驚異的でした(笑)前向きでも凄いのに、後ろ向きとは!かの喜劇王チャップリンの再来かと思いましたよ。ラッパの正ちゃん、軽業師と管理人どちらが本業?なんでしょうね(笑)すっかり日も暮れて帰宅する気になったらしい?正ちゃん。これから最終バスを1時間も待つと聞いて「あんたの旅も変わっとるねえ、やべえなー」まあ、行けば何とかなるもんですよ。いつも行き当たりばったりですから。でも歌にもあるでしょう「♪ケ・セラ・セラー」なるようになるものです。ラッパの正ちゃん、締めくくりの一言もやっぱり「やべえなー」でした(笑)もし、正ちゃんが長門市駅まで車で送っていただけなかったら、深刻な事態に陥っていたでしょう。何故なら、あのまま悠長にバスを待ってたら仙崎駅発の終電に乗り遅れてましたからね。しかもそのバスが長門市駅まで行くとは知らず途中下車するとこでした、危ない危ない。仙崎駅から長門市駅まで徒いて30分くらいですが、雨も降り始めてたし、どうなってたか想像するだに恐ろしいですね。ラッパの正ちゃんならきっと言うでしょう、やべえなー(笑)

観光

元乃隅神社(山口県)

元乃隅神社は1955年(昭和30年)網本だった岡村斉さんの枕元に白狐が現れ「吾をこの地に鎮祭せよ!」とのお告げがあったことから建立されました。123基の鳥居が並ぶ壮麗な美しさは20 …

玉木文之進旧宅(山口県)

玉木文之進は天保13年(1842年)現在の「旧宅」で松下村塾を創設しました。甥である少年時代の吉田松陰をスパルタ教育で指導したことでも知られています。室内には玉木文之進の肖像画や家 …

松下村塾 (山口県)

「松下村塾」は松陰神社の境内にあります。江戸時代の厳しい身分制度にありながら、武士や町民など身分の隔てなく教育していました。吉田松陰は1857年(安政4年)から2年半、松下村塾で生 …

青海島自然研究路(山口県)

「メモリアルロード」とも呼ばれる青海島自然研究路は「海上アルプス」を見ることができる遊歩道となっています。日本海の荒海に削られた海岸線には絶景が目白押しです。高松宮殿下が命名された …

伊藤博文別邸(山口県)

「別邸」は初代内閣総理大臣の伊藤博文が明治40年(1907年)東京府下荏原郡大井村に建てた大邸宅の一部を移築したものです。邸内には天皇陛下から下賜された灯篭や樹齢約1000年の吉野 …


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